来来亭の技 来来亭


来来亭に入る前は、その場しのぎの仕事ばかり。アルバイトを掛け持ちした時期もあった。契約社員時代、かなりがんばって売上を2倍にしたのに、たったの2000円しか給料が上がらなかったとき、「ここは自分のいる場所ではない。次こそは努力を認めてもらえるところで働こう」と思った。そんなとき、来来亭に出会った。求人情報の「独立している人も未経験者がほとんど」というのが決め手になった。入社して最初の配属は八尾店。洗い場は孤独との闘いだし、足がパンパンになってキツかったけど、辞めようとは全然思わなかった。ここでダメだったらどこでもダメだ、「クビ」と言われない限り続けようと踏ん張った。妻と3人の子どもを養っていかないといけなかったのでとにかく必死だった。
八尾店の後、生駒店や兵庫長田山麓店を経て入社1年ちょっとで玉串店の副店長に昇格。富士吉原店、恵那店の副店長を経験し、入社後1年10ヶ月で刈谷店の店長になった。 こうして振り返ると最初の2年間は確かに転勤が多かった。でも「2年で必ず店長になり、絶対に家族を幸せにする!」と思っていたのでがんばれた。来来亭では店長になれば、その店でオーナーになれる。 家で過ごす時間は少なかったけど、異動するたびに家族を店に呼ぶようにしていた。スタッフ時代、店長が店に来た家族に「穴見くんはがんばってくれている。次に来るときはラーメンつくってくれてるよ」と言ってくれたのが本当にうれしかった。絶対、次来るまでにラーメンをつくれるようになっておこうと思った。そんな自分の姿を見て、嫁さんも自分の本気具合をわかってくれたと思う。
転職を考えている人にぜひわかってもらいたいのは、最初は転勤が多いけど、2〜3週間に一度は会えるから心配しなくていいということ。離れていても、まめに連絡を取り合うことで絆が深まることもわかった。自分の場合、携帯で動画や写真を送ったり、家族一人一人に手紙を書いたりしていた。 不器用なので、同期の人間がすぐになんでもできるようになっていくのを見て、すごく焦った。頭の中ではわかっているのにできないことも多く、店長への道のりは決して順風満帆ではなかった。メンタル面で乱れることもあったが、2週間に一度は必ず家に帰った。だからコミュニケーションは途切れなかったし、家族の存在が支えにもなった。妻を納得させられない人間が社員を納得させることはできない。家族の信頼があってこそ、仕事の成功もあるのだと思う。
2年弱で来来亭の独立店のオーナーになり、一定の給料をもらえるようになった。店長になってからは家族を「自分の店」に呼べて、毎日家に帰ることができる。それだけで家族が喜んでくれるのがうれしい。来来亭に入る前、妻は少しでも家計を抑えようと自転車で遠いスーパーに行き、浮いたお金を3ヶ月貯めて「美容院に行ってもいい?」と聞いた。自分の情けなさに泣けてきたが、今は経済的にも余裕がでてきた。「美容院行くか?」と冗談でも言えるようになったのはスゴい進歩(笑)。ただ、1店舗のオーナーにはだれでもなれる。2軒目、3軒目こそが実力を試される。自分が会社にしてもらったように、「自社の店長になりたい」っていう後輩の夢を叶えてあげたい。そのためには次の店を用意しなければならない。社員の夢が、自分の夢と重なっている。



